2015年1月11日日曜日

アンコール遺跡群へ(5)ーアンコールワットの朝陽他

朝4時半起きし準備してロビーへ。心配していたけどトゥクトゥクが待っていてくれました。真っ暗な街を走り抜け、アンコールワットの西参道へ。ここで懐中電灯を持ってこなかったことに気が付きましたが時すでに遅し。
前の人たちの後ろについて橋を渡り塔門から中へ。既に大勢の人が聖池方面に向かって歩いていました。

ようやく池の前に辿り着いたら、既に大勢の人垣ができていて写真を撮れるような場所がありません。何とか人と人の間に潜り込み、前の人が腰をかがめるたびにシャッターを押しました。

待つこと30分近く。ようやく東の空が色づいてきました。
朝日が雲に反射して、アンコールワットのシルエットが美しく池に映し出されてきました。その時のベストショットがこのページの一番最初の写真です。三脚を持って行けばよかったと後悔しました。

満足のいく写真を撮った後、駆け足でアンコールワットの第一回廊を抜けて東参道へ。

今度は東側から朝日を浴びたアンコールワットを見るためです。こちら側は先ほどまでいた西側と違い殆ど人がいませんでした。
メジャーではないので観光客の団体が皆無でした。私達も前日ガイドのソカーさんに教えていただくまで知りませんでした。でもこのシーンを見落としていたら相当後悔していたでしょう。中央祠堂と
南北の経堂の塔が徐々に黄金に輝いて行く様は必見です。


朝陽の差し込む第一回廊の東側を通り抜け西参道へ戻るころには、すっかり陽が昇っていました。待たせておいたトゥクトゥクでホテルへ戻り朝食。歩き回ったのでこの朝食のおいしかったこと。

今日は少し遠出してまず北に向かい「東洋のモナリザ」と呼ばれる壁画のあるバンティアイ・スレイへ。そこからさらに北に向かい「天空の城ラピタ」のモチーフになったと言われるベン・メリアへ。昼食後南に戻ってきてシェムリアップ東郊外にあるロリュオス遺跡群と回ります。




9時に車でホテルを出発。シェムリアップ郊外の田園地帯を抜け行く途中、いたるところに屋台が
出ていて、大きな鍋でヤシ砂糖を造って売っていました。ヤシの木に竹をくくり付け梯子として、木の上部に咲くヤシの花に切り目を入れてその下につるした竹筒に蜜を溜めるとのことでした。その蜜を煮詰めて砂糖やヤシ酒を造るそうです。子供にはおやつ、大人にはお酒。うまくできていますね。またこのあたりの農家は農閑期には木を切り出し炭を焼いたり、芋を乾燥させエタノールの原料ととして中国やタイに輸出して生計を立てているそうです。

約1時間で最初の目的地、バンティアイ・スレイに到着です。
 
アンコールワットより150年ほど前に建てられたこの遺跡の特徴は他に比べ硬い砂岩を使って壁にしているため、崩れが少なく非常に保存状態の良い壁画が数多く残っていることです。また細工も精巧で美しいようです。
この日は空が青く晴れ上がり、気温もうなぎ上りに上がって非常に暑かったのには参りました。それでも写真を撮るには最高でした。

バンティアイ・スレイとは「女の砦」と言う意味を持つそうで、ヒンズー教の三神のうちシバ神とビィシェヌ神を祀っているそうです。
第一周壁の東門の上のまぐさにはカーラ(時の神又は死者の王、仏教では閻魔大王に当たるらしい)の上の座るビィシェヌ神が非常に細かく描かれていました。
その他にも色々の神話が描かれており、一つ一つ見ていくだけでも楽しい。ただしガイドがなければ何の場面かわからないので、ここではガイドは必須でした。
第一周壁から参道を歩き第二周壁をくぐると中央祠堂です。

第二周壁、第三周壁それに内部の経蔵や中央祠堂にも様々な壁画が描かれています。



特に有名なのが中央祠堂の北塔東面に描かれたデバター(女官)の壁画です。その柔和な顔立ちから東洋のモナリザと呼ばれています。近づけないので遠くからズームを最大にしてやっとこれだけの大きさに撮れました。

またここの壁画の保存状態がどれだけ良いかは蛇神ナーガの歯がきれいに残っていることでも証明できますね。






蛇の次の写真は妻を膝の上に抱くシバ神です。

1時間強かけて西門に抜けました。


遺跡入り口の休憩所でトイレ休憩を取り、車でベン・メリアに向かいました。

ここからは次の(6)ーベン・メリアでご紹介します。


アンコール遺跡群へ(4)ータ・プローム他

午前中の観光をプレ・ループで終え、直ぐ近くの王の沐浴場だったと言われている池、スリ・スランに面したレストランでランチ。風通しが良く、池が良く見える2階での食事でした。勿論一番先に頼んだのはビール。そしてエビカレー、揚春巻き、サティー、野菜のオイスターソース炒め等をオーダー。4人で40ドルでした。ゆっくりと昼食を楽しんだ後、今日のハイライト、映画トゥーム・レーダーにも出てくる、タ・プローム寺院へ向かいました。
スリ・スランの池を左手に見ながら西に5分、東バライの貯水池跡の西南の角にあります。(写真はスリ・スランの池で、水草を取っているところ。)

東塔門前で車から降り、今にも倒れそうな塔門から内部へ入りました。多くのアンコールの寺院と同様に、ここも元々は仏教の僧院だったものが後にヒンズー教の寺院に改造されたようです。 

以前は荒れ放題になっていたらしいのですが、近年修復されつつありますが、それでも多くの建物が、巨大に成長したガジュマルの樹(本当はスポアンー榕樹)によって押しつぶされそうになっています。

タ・プロームは12世紀にアンコールトムを造ったジャヤバルマン七世によって建てられたました。一番外側を東西約1、000m、南北700mの周壁で囲まれ、その内側にもう一つの周壁。そしてその中に中央祠堂を囲むように第一回廊が巡らされています。

その周壁や回廊、経堂や中央祠堂の建物の多くがスポアンの樹の根が、あるものはすっぽりと包まれ、あるものは血管のように壁に這っていたりして自然の力に圧倒させられます。ここでは寺院を見るよりこの木々の作り出す芸術を楽しむことになりました。
樹の根の間に顔が見える仏像はその前の写真の一部を拡大したものです。どこにあるか分かりますか。

一つ一つ見て回ると一日かかりそうでした。



















もっともっと色々な樹と建物が織りなす風景があるのですがこのあたりにしておきます。







約1時間かけてようやく中央祠堂の西塔門に出てきました。

そこからさらに
第一回廊、内側の周壁をくぐり、ようやく外側周壁の西塔門へ出てきました。入って来た東の塔門とは違い門の上に乗った四面観音はかなり修復されていました。




ここから車に乗って、今日最後の遺跡アンコールトムの南西、アンコールワットの北西にあるプノン・バケンへ向かいました。
この途中、アンコールトムのバイヨンの横を通過したとき、車を一時停めていただき、水面に写るバイヨンを撮ったものがこの「アンコール遺跡群へ(1)ーアンコールトム」の最初に貼り付けた写真です。

プノン・バケン山は、南のプノン・クロム山そして北のプノン・クーレン山とともにアンコール三聖山と呼ばれています。プノンは山と言う意味です。山頂に登ると分かるのですが、この三山は一直線に並んでいます。
60mの高さの丘を20分程かけて登るのですが、聖なる山なので女性は極端な肌の露出は禁じられていました。
プノン・バケンはこのあたりにはここより高いところはないので、夕焼けの展望場所として有名ですが、我々は夕方の予定があったので、すこし早めに到着しました。
途中西側には空港、そして干上がってしまっている東バライと違い水を湛えた西バライが望めます。


山頂は広い台地になっていて、6層のピラミッド型に石が積まれています。

その頂上が広場になっていて中央祠堂が建てられています。周りには多くの塔が中央祠堂を囲むように建っていますが、その多くは既に崩れかけています。正確には108塔あるそうです。


また山頂からは東側の眼下にアンコールワットの中央祠堂が望めました。上から見るアンコールワットはとても壮観でした。遠く東の地平線にはプノン・クーレンが望めます。その向こうはタイです。
当然南にはプノン・クローム山そしてシェムリアップの街が望め、その向こうにはトレンサップ湖が広がっているはずです。
急な階段を下りて参道に戻り、下山。この頃には陽もかなり西に傾き、夕焼けを見るために登ってくる大勢の観光客とすれ違いました。






ホテルに戻りシャワーを浴びた後、ガイドさんお勧めのマッサージへ行きました。1時間15ドルとチップ。やや高めだけど、前の日のマッサージ店よりはましでした。軽くなった体で、ホテル近くのレストラン「クーレンII」でディナーショウ。数百人入れる観光客用レストランです。アンコールの神話を踊りにしたショウです。食事はビュッフェスタイル。料理を取るのが大変でした。踊り・食事の質とも、こんなものでしょうって感じでした。
食後は少し買い物をして、歩いてホテルへ。翌日はアンコールワットに登る朝陽を見るので、朝5時にトゥクトゥクが迎えに来るよう予約し部屋に戻りました。第2日目はこうして終わりました。

アンコール遺跡群へ(3)ー東バライ周辺

シェムリアップ滞在2日目はアンコールワット周辺の遺跡巡りです。行程はまずアンコールトムの北大門を抜けた先にあるプリア・カン。次に東へ移動して湖の中の寺院であるニャック・ポアン。そこから少し南に下がって東メボン。その南隣りのプレ・ループ。スラ・スランの池のほとりにあるレストランで昼食。午後はレストランから西に向かってアンコールトムに帰る途中にある、映画「トゥームレーダー」にも出てきたタ・プローム寺院。そしてアンコールトムとアンコールワットの間にある小山の上に立つ夕焼け鑑賞で人気のプノン・バケンの遺跡へ上り、ホテルに帰るというルートでした。

朝食後8時半頃ホテルを出発。アンコールワットを右手に見てアンコールトムを南大門から入り、北大門を抜けて周壁の北にあるプリア・カンへ9時10分ごろ到着。


プリア・カンとは「聖なる剣」と言う意味があるそうです。アンコールトムを建てたジャヤバルマン七世が戦勝を記念して建て、王の父の菩提寺になっているそうです。アンコールトムと同じように周壁が巡っていますが、ここは西塔門から入り、中央祠堂を抜けて東塔門に出るのが一般的なようです。

真ん中が少し低い構造になっていて、通路の何か所にある門は頭を下げなければ通れないようになっています。これは王(または神)に対して敬意を払うためだそうです。ここでは仏教とヒンズー教が同居していますが、仏教がヒンズー教に侵略された痕跡が数多く残っています。

2枚の写真では仏像が見事に剥されているのに対し、反対側の壁にはバラモンの僧侶像はきれいに残っているのが分かります。








このヒンズー教にとってかわられた仏教寺院の名残がアンコールのいくつかの寺院で確認できます。

たとえばこの僧侶の壁画はアンコールトムのバイヨンのものですが、もとは仏教の僧侶であったものが、ヒンズー教徒によって足の組み方が膝が立った座り方をするバラモン僧に彫りなおされています。上半身は変更がないのでまるで改宗されたかのようです。



中央祠堂の中央にはもともと観音菩薩像が立っていたそうですが、今ではストゥーパが立っています。







また途中の通路にはリンガの台がいくつか残っています。(リンガとはヒンズー教3神を男根の形で表しているものです。)


中央祠堂を抜けた先に踊り子のテラスがあって、珍しいナーガ(7つ頭の蛇)とその天敵であるインド神話の怪鳥ガルーダが絡み合った欄干がありました。



またこのテラスには踊り子(アプサラ)が数多く彫られていました。
試験に受かった人たちは踊りを楽しみ、落ちた人は落胆している姿が風刺されているそうです。



ここから東第二塔門に向かう途中にアンコールでは珍しい石造りの古代ギリシャ風な2階建ての建物があります。

第二塔門近くの壁は巨大な樹の根に覆われていました。これは午後に行くことになっているタ・プロームを彷彿させました。








東塔門の外壁には巨大なガルーダの像が約30mごとに等間隔で彫られています。迫力満点です。



その先を東に進むと昔の貯水池であったプレ・アカンの湖に突き当たります。乾季には水はなくなるらしいのですが、この時期には広大な湖となって輝いていました。

次に我々が向かったのはこのプレ・アカン湖の中に浮かぶ小島に立つニャック・プアンの遺跡です。車で10分程東に行ったところに橋があり、ここを歩いて遺跡に向かいます。

橋の手前ではお土産を売る人たちが並んでいました。

元は病院として使われたとのことでした。アンコールワットの十字回廊の浴槽と同じように4つの小さな池があり、それぞれの病気の治癒のために使用されたそうです。その4つの小池はそれぞれ象、人、ライオン、馬の頭部で形どられた水門を通して中央の池につながっています。
その中央の池の真ん中に円形の祭壇があり、中央祠堂が建っています。

写真は象の門とその向こうにある中央祠堂です。



乾季に水が無くなるとその中央の池には天を駆ける神馬の像と祭壇に巻き付いている2匹の大蛇が現れますが、水を満々と湛えたこの時期は、馬の頭と絡み合った2匹の大蛇のしっぽが見えるだけでした。
これらの池は更に周りを池で囲まれています。小島が浮かぶ湖もそうですがこの小島の中の池にも沢山の小魚が住んでいました。
写真はこの池に浮かぶ4つばのクローバーに似た水草です。これが本当に4つばのクローバーなら、どれだけの幸せが得られるのかな?


駆け足でニャック・ポアンを見て、次の東メボンの遺跡に向かいました。

東メボンは900年代に建てられた神殿のうちの一つです。東バライの貯水池が作られた後、この池の真ん中に建てられました。今は水が全く無くなっているのでその面影はありません。乾いた赤土の上にピラミッド型の5つの塔がそびえています。
それぞれがヒンズー教の3神を祀っています。シバ神を中央に西にヴィシヌ神とその妻、東にプラフマー神とその妻です。これらの塔の入り口上部(楣ーまぐさと言うらしい)にある壁画はそれぞれ異なっていて、かなり興味深いものでした。
写真の壁画は鵞鳥(または白鳥)に乗るプラフマー神です。





これらの塔の建つ基壇の入り口にはライオンの門番、そして4つの隅には象の像が建っています。これらの象の像は一枚岩から彫り出したもので重さは10トン近くあるそうです。



次に向かったのは東メボンのすぐ南にあるプレ・ループです。名前の由来はプレが神でループが姿だそうです。東メボンが東バライの貯水池の中央に建てられたのに対して、このプレ・ループは約10年後に池の中央南の岸辺に建てられたそうです。様式は殆ど東メボンと同じですが、こちらの方がかなり大きく立派です。塔門から5つの塔の建つ面まで、かなり急な階段を上らなくてはなりません。

その分上からの見晴らしはかなり良くなります。基壇は東メボンは二層でしたがこちらは三層になっているためです。 5つの塔の周りにはたくさんの小祠堂や経堂・倉庫が建っています。
またここでもたくさんのまぐさの壁画が楽しめます。
いくつかのデバターもきれいに残っています。写真はデバターではなく、4つの顔を持つプラフマー神の妻の壁画です。

これで午前中の遺跡巡りが終わり、ランチタイムです。
ランチ以降は次の回に回します。