2014年7月19日土曜日

ボルネオ島に行って来ましたーその4

キナバル山の登山道入り口を後にして、約1時間でポーリン温泉に着きました。ポーリンとはこちらの言葉で竹を意味するそうです。時間も12時少し前だったので、温泉の入り口の前にあるレストランで昼食。
運転手さんが20リンギット、約600円のセットを予約してくれていました。余り期待していなかったのですが、田舎の中華料理と言った感で、新鮮な野菜をふんだんに使った料理はどれもおいしく、5~6品があっという間になくなってしまいました。
 食後、温泉より先にこの近くで咲いているというラフレシアの花を見に行くことになりました。世界で一番大きな食虫植物。種が着床してから4~5年たってつぼみに。そしてさらに7か月かけて成長し、たった7日間で朽ちてしまうそうです。私たちが見ることができたのは本当にラッキーでした。ここは州立のラフレシア保護公園と違い村で管理をしているので、入園料は一人20リンギット。お昼の値段と同じでした。ふつうはマイクロバスで入っていけるのですが、この日は道がぬかるんでいるので、小型の四駆の荷台に10人乗ってガタガタ道を走ること5分。でもこの5分に全員興奮。まるでアミューズメントパークで乗り物に乗っているようでした。実際、無謀にもマイクロバスで入って来てぬかるみに車輪を取られ立ち往生している車もありました。
 ラフレシアは、雑木林の奥に一輪だけひっそりと咲いていました。この花はこちらの10リンギット紙幣の裏絵にも使われている、マレーシア固有の花です。
思っていたより小ぶり(50cmくらいかな)でしたし、きれいかと言われると首を傾げざるを得ませんし、また匂いに寄ってくる虫も沢山いて長く見ていようとは思いませんが、それでも感動させられました。後何日ここで咲いてるのかな?
この後、温泉へ。まず先にキャナピーウオークへ。温泉の裏山の沢に架かっている数本の吊り橋を歩くことをこう呼んでいます。英語でcanopyは天蓋とか空と言った意味があるのでなんとなく感じは分かるでしょう。残念なのはカメラの持ち込みが有料。1台5リンギット。ビデオは30リンギット約1000円も取られます。入場料が5リンギットなのに高い。年金生活者の私たちは持ち込み料を全員分払うようなことはせず、腕のいいS嬢に託しました。そのため私はここでの写真がなく、右の写真は彼女が撮ったものを無断で借用しました。
左の写真は、この釣り橋に行く途中に立っていた1本の非常に高い木です。枝は先端で大きく傘のように広がっていますが、葉は密集してなく空が透けて見えます。これはどの葉にも陽を与え大きく成長するためとか。恐るべし生命力。
吊り橋は4本。下を見れば足がすくみますが揺れもそれほどなく空中散歩を楽しめました。
 そこから下って温泉へ。何人かは足湯を楽しみましたが、私はGパンがきつく足が出せなかったので断念しました。教訓その3.温泉に行くときはGパンは穿かないこと。
ここはさすが観光ルートに入っているので日本人も沢山いました。また日曜日と言うこともあって家族連れでにぎわっていました。右下の写真の左端に写っているのが私達のバスの運転者でサバ州の公認ガイドの資格を持っていて、ガイドもしてくれます。


温泉のビジターセンターを少し見学し、3時頃帰路につきました。これだけ行動してまだ3時だったのにはびっくり。
 途中キナバル山の山頂の雲が取れて、朝の展望台からの姿とまた違った姿が望まれました。(左下の写真の中央の尖った峰が最高峰のLow's Peak,4095.5mです。)
写真を撮りたいので止まって欲しいと思っていたら、丁度多数の露店が果物とか野菜を売っていたので運よく停車してくれました。
写真を撮っている間に他の方たちは果物の試食。果皮が蛇の鱗のようなスネークフルーツ、名前がわからないけど甘いかぼちゃのような果物、それにマンゴーや柑橘系の果物等を試食。それぞれにタラップとかマンゴーを買いこみました。妻はそのほか天然の蜂蜜を500ミリリットルのペットボトルで30リンギット、約900円で売っていたのでそれも買いました。
ホテルについたのは5時過ぎていました。6時半から夕食に行くことになったので私は時間を合わせて海へ夕陽を見に行きました。
 この時期は丁度向かいのガヤ島へ陽が沈むので、残念ながら海に沈む夕陽は見れませんでしたが、多くの人たちが海辺に集って夕陽を楽しんでいました。
夕食は近くのモールでビュッフェで簡単に済ませ、1時間ほど部屋飲みした後解散。本当にアクティブな1日でした。
 翌日の滞在最終日は、午前中にワイルドパークへ行ってオランウータンのショーを見る予定でしたが、フィリピン沖の台風の影響で、パークのゲートまで行ったものの傘もカッパもないので中止となりました。空港へ行く途中のコーヒーショップで、サバコーヒーをお土産に買い、早めに空港へ。フライトは台風の影響もなく無事クアラルンプール着。皆さんお疲れ様でした。


旅行会社のパックなどでコタキナバル(KK)に来た場合、近辺の三大オプショナルツアーは、
1)サピ島シュノーケリング(2日目に行ったコース)
2)ジャングルクルーズとホタル鑑賞(蛍はクララルンプールでも見られるので今回はパス)
3)世界遺産キナバル公園とポーリン温泉(3日目に行ったコース)
です。
どれも一人6千円から9千円ほどかかります。私たちはS嬢がネットで予約しておいたマイクロバスの運転手兼ガイド付きレンタカーを滞在中は使用したので、かかった費用はレンタカー代一日8時間で約1万5千円(10人で割れば一人1,500円程度)と入園料や食事代等の実費だけでした。
この旅行を企画してくださったIさん、会計を担当してくださったOさん、それにレンタカーの予約、現地での色んな交渉そしてカメラ班として活躍してくださったS嬢に感謝をしてボルネオ島旅行記を閉じることにします。

ボルネオ島に行ってきましたーその3


 第3日目はついに街の名前にもなっている世界遺産のキナバル山を見るためにキナバル公園とポーリン温泉に出かけました。キナバル山は標高4,095m。中国語では神山と呼ばれているこの山は山頂部が4峰に割れており、その急峻な山容は富士山とはまた違った厳かさがあります。ただし全貌が見えるかどうかは天気次第です。
 
朝7時半にホテルを出て1時間足らず走ったところに、1945年に日本軍によって架けられたという吊り橋に到着。長さ50メートルほどのこの吊り橋の中ほどから手前の山々の向こうにキナバル山が雲の合間にかすかに顔を出しているのが望まれました。(左の写真の中央奥)
 この吊り橋も感動物でしたが、この橋のたもとで市場が開かれており、そこでこのサバ州にしかないと言われるタラップと言う果物を売っていました。
早速皆で試食。左の写真のように、直径12~13㎝ほどの球形をしたこの果物は、右下の写真のように柔らかなとげの生えた厚いが柔らかい皮でで覆われており、中には白濁色をした親指大の実がぎっしり詰まっていました。その数およそ200個?それぞれの実の中には大きめの種が一つずつ。味は甘い乳酸飲料の様で、ドリアンのように臭くなく甘みの強いとてもおいしい果物でした。
何でこんなおいしい果物がクアラルンプールでは手に入らないのだろう。ドリアンには少し抵抗があり、ジャックフルーツでは物足りない人には、きっと喜ばれると思いました。後で試したところ、実を外しタッパウエアで冷凍にして保存し、完全解凍の少し前位に食べるとこれまたとても美味でした。値段は1個6リンギット~10リンギット、日本円で200円から300円。安い!何とか日本の皆さんに食べてもらいたい一品の一つになりました。
 ここからさらに小一時間走ってキナバル山の展望台に到着。到着時には山頂には雲がかかっていたのですが、お土産屋さんを覗いているうちに少しずつその姿を見せ始めました。
残念ながら全容という訳には行きませんでしたが、右の写真のように一番西側(向かって左)にそびえるAlexandra Peak、3995.5mはしっかり見えてきました。このピークでも富士山より200m以上高い。今日中に最高峰のLow's Peakは見えるのでしょうか。ここから30分ほどでキナバル山登山の入り口に到着。私たちは登らないのでゲートを入ってその雰囲気だけを味わって次の目的地ポーリン温泉に向かいました。
そこからはその4で紹介することにします。

2014年7月17日木曜日

ボルネオ島へ行ってきましたーその2

KK滞在2日目はホテル近くの港、Jesselton Pointからボートで15分ぐらいのところにあるサピ島にシュノーケリングに行きました。
このサピ島は大小5つの島からなるTunku Abdul Rahman Marine Parkと呼ばれる海洋公園の中の一つの島です。一番大きなガヤ島に海峡を挟んで隣接する小さな無人島で小さなビーチがひとつあるだけの島です。
 
 8時半過ぎに出港したので9時前に到着。私たちの前には1組の団体がいただけだったので、初めは貸し切り状態でした。
天気もよく最高のシュノーケリング日和でしたが、海岸近くは透明度が低くサンゴもまばらなため、魚が少なく初心者の方にはつまらなかったのではないかと心配でした。それでも所々に魚が群れをなしているところが有り、ポテトチップスを撒くとその群れが体にまとわりつくように泳ぐので、皆さん十分楽しまれたようです。(後で分かった事ですが餌をあげるのは禁止事項でした。)
私はひとりで少し沖に出てみました。すると20メートルほど先からはまるで別世界で海底の砂と種々のサンゴが太陽に輝き、いろんな魚が泳ぎ回っていました。特に緑色したテーブルサンゴは初めて目にしたものでした。折角水中で使用可能なカメラを持っているのに、今回は置いて来てしまったのが悔やまれました。海から上がってみると皆さんは既に堪能したので、早めに引き上げるとのこと。あの美しさを分かち合えなかったのが心残りでしたが、私もシャワーを浴びてトイレで着替えをし帰りの船へ。
 
島のシャワーでは塩気は完全に落ないので、ホテルに戻り再度シャワーを浴びて全員でTanjung Aru(Aru岬)と言うビーチへランチに行きました。車で15分ほどのところにあるビーチで大きな海の家と言った感のフードコート。
海からの風が吹き抜けお昼の暑さを避けるには持って来いの場所でした。主菜の他にココナッツ
ジュースを飲んだり、果物満載のABCと呼ばれるミックスフルーツのかき氷を食べたりしてゆったりと時間を過ごした後、ダイソウに行きたいという希望があったので運転手に頼みKKの北部郊外にある最大のショッピングモールの1Boruneoへ連れて行ってもらいました。
ここで30分ほどショッピングを楽しみホテルへ。夕食まで自由行動。みんなお昼寝だったのかな?
 夜は車で30分ほどのところにある水上レストラン、Kampung Nelayan Seafood Market Restaurantへ。水上と言っても海の上にあるのではなく、陸地の池の上に建てられていました。私たちのメンバーのs嬢がネットでプロモーションのセットメニューがあるのを見つけてくれていたので10人で400リンギット、約1万2千円。飲み物と税金サービス料込みで2万円弱、一人2千円。昨夜の食事よりはかなり高いが量も多く、ショウを見ながらの夕食ということを考えれば、それほど悪くはないかな。5幕からなるボルネオの各民族固有の踊りに加え、客参加の時間もあり、私たちのメンバーのIさんもみんなに強要され吹き矢のショーに参加。見事風船を割り、拍手喝采を受けました。来るときに降っていた雨も止み、2時間ほど食事とショーを楽しんでホテルへ。
昨夜と違い海で疲れたことと明朝は早い為、今夜は部屋飲み無しで解散でした。

ボルネオ島に行ってきましたーその1

マレー語講座に参加している有志10人で、そのマレー語会話実践のため(?)ボルネオ島に行ってきました。目的地のコタキタバル(以降KKとします)は東マレーシア(ボルネオ島の北部及び北西部に位置する)のサバ州の州都でありマレーシア第2の都会です。東に東南アジアの最高峰キナバル山(4,092m)を望むため、このキナバルにコタ(Kota)、都市という意味、をつけてコタキナバル、つまりキナバル山の町と呼ばれています。
 私と妻は他のみなさんより4時間ほど早いフライトでクアラルンプールを出発することになりました。
これはエアアジアの航空券の購入が遅くなったため、皆さんと同じフライトの料金が上がってしまっていたので、節約のために少し早い便にしたためでした。教訓その1、旅行の日程が決まったら早めに航空券を購入すること。
今回は機内持ち込みの手荷物だけと身軽なので、初めて電車で空港(KLIA2)まで行ってみることにしました。8時に部屋を出て最寄りの電車の駅へ。そこから2駅でKLIA Transitという空港行電車に乗り換えて30分強です。右の写真はこの駅を通過するKLIA ExpressですがTransitも同型の車両です。
切符売り場には左の写真のように日本語も。ここでKLIA2までの切符を買ったのですが2人で53リンギット、日本円で約1,600円でした。以外に高いのでびっくり。私たちのコンドミニアムからいつも頼んでいるタクシーだと60リンギット、約1,800円で空港までの所要時間40分。これでは電車を使う意味が全くない。ここで教訓その2、今後はタクシーにしよう。
 空港着は9時10分過ぎでした。余談ですが、このちょうど24時間前には日本からの便でこちらに来て同じ場所にいました。慌ただしいことです。
 2時間半のフライトでKK第2ターミナルに到着。右の写真のように懐かしい手押しのタラップが健在でした。ここは自治州なので入出境管理がありパスポートに入境のスタンプが押されます。また西マレーシアで取ったMM2Hのビザはここではなんの意味もないようで、通常のビザなし旅行者扱いで滞在90日の制限が付けられます。
ホテルまでタクシーで30リンギット、約900円。渋滞の中30分足らずで今回の滞在ホテル、ベストウェスタン・キナバル・ダヤに到着。3泊朝食付きで1部屋542リンギット、約17,000円。事前に読んでいた口コミで期待はしていなかったけれれど、部屋とか環境は値段からすれば満足いくものでした。
 
荷物を置いて遅いランチに。タクシーの中からホテルの近くに数軒の食堂を見つけておいたのですが、3時が近いためほとんどが既に閉まっていました。右の写真の1軒だけまだ空いてた店で豚肉ラーメン。お茶込みで2人で14リンギット、約450円でした。他の皆さんが到着するまで海辺を散歩したりホテル向かいのショッピングセンターで買い物をして過ごしました。
7時近くになって他のメンバーの全員が到着。皆さんがチェックインした後、全員でホテルおすすめのシーフードレストランへ。
Welcome Seafood Restaurantというこのレストランはホテルから徒歩でも15分くらいのところにあるかなり大きなレストランです。
何人かで魚と野菜を選び、それにその料理法を伝えるのに一苦労。でもこれもまたこういったシーフードレストランの楽しみですが。魚やカニを食べみんなでワイワイ飲むビールは最高!それにしてもマレーシアはビールが高すぎる。料理は美味しかったけれど飲み足りなかったので、ホテルへ戻りIさんが持ってきた日本酒で部屋のみ。深夜までお疲れ様でした。

2014年6月17日火曜日

ブルー・モスク

久々の投稿です。ゴルフに加えてマレー語の講習を受け始めたり、旅行に行ったりしていて結構
忙しくしていた為(言い訳ですが)、筆がと言うか指が鈍っていました。今日は少し時間ができたのでシャア・アラムと言うクアラルンプールの西隣りのセランゴール州の州都にある、ブルーモスクについて書いてみたいと思います。
先日、と言っても少し前のことになりますが、ゴルフに行った帰りに、帰宅ルートから少し北に入ったシャア・アラムに寄ってみました。目的は国内最大のモスクであるブルー・モスクの見学です。
ブルーモスクと言うのは、そのモスクドームと4本のミナレット(尖塔)が青と白で美しく装飾されているところからつけられたニックネームで、本当はスルタン・サラフディン・アブドゥル・アジス・
シャー・モスクと言う長い名前がついています。
1988年に完成し、最大2万6千人の礼拝者が入ることができます。因みにクアラルンプール市内の国立モスクは1万6千人です。これをはるかに上回る国内最大のモスクです。この巨大なモスクドームは200m超えの高い4本の尖塔で囲まれています。以前はこの塔の上から1日5回のお祈りの時を告げていたので塔の上まで階段が作られていますが、今はスピーカーで流すため、登っていく必要がないそうです。また敷地は広大でその駐車場はスタジアム並みの広さです。
ビジターの入り口はモスクドームの東側にあり、ここで靴を脱いで上がり、女性は長いローブとスカーフを借りて着用。男性は短パンやタンクトップでは入れないので要注意です。


丁度ガイドさんがいたので案内を頼みました。無料ですが英語によるガイドでした。後で分かったのですが、日によっては日本人の方がガイドをされているそうです。毎年の見学者が1万人以上でその約半分は日本人だそうです。我々平均的な日本人にとってイスラム教は未知の世界のことなので興味が大きいのでしょうね。
入り口を入って直ぐに巨大な手洗いの部屋がありました。写真でお見せできないのが残念ですが、多数の蛇口と洗い場が整然と並んでいる様は圧巻です。信者の方々は礼拝の前に必ずここで顔、頭、手そして足の4か所を洗ってから、礼拝堂に向かうそうです。
ブルーに輝くドームの外壁にはコーランの第36章が刻まれています。ドームの天井内部に一周して第13章が書かれています。礼拝台(部屋のメッカの方向、クアラルンプールではほぼ真西に位置する)に向かって中央の通路を挟んで、右側に男性が、左側と2階席に女性が入るそうです。床にモザイクの線が描かれている上に立ち、まず胸の前に腕を交叉して祈り、次に膝を折り床に頭をつけて祈った後座りもう一度祈ります。再び立ち上がりこの動作を4回繰り返すそうです。金曜日はイスラムの休日で多くの礼拝者が来場するので冷房やファンが効いて涼しいそうですが、この日のドーム内は結構暑かった。
建物の内部には宴会場のような場所やカフェテラスのような施設もあり、驚くような低価格で食事ができるそうです。一度チャレンジしてみたいものです。妻はこのモスクがいたく気に入り、日本の親戚や友人に送る絵葉書が欲しかったらしいのですが売っていなくて残念がっていました。
先に触れましたがガイドは無料でしたが、とても丁寧なガイドだったのでチップを払おうとしましたが受け取っていただけませんでした。ただし寄付は歓迎とのことで、コメントの記帳と心ばかりの寄付をして来ました。
日本から来た方々をお連れしたいのですが、ここしかこの近辺には見るべきものがないのが残念な気がしました。

2014年5月28日水曜日

マラッカに行って来ましたーその1

少し遡りますが、エイプリルフールの日、すなわち4月1日に一泊二日でクアラルンプールから南へ150㎞ほど下ったところにあるマラッカと言う都市に行って来ました。マレー半島とインドネシアのスマトラ島を隔てるマラッカ海峡はこの街の名前から来ています。14世紀末期にマラッカ王国と
して栄えたマレーシア最古の都です。2008年にマレーシア北部に位置するペナンのジョージタウンとともに、その歴史的な街並みが世界遺産に登録されました。


午前8時前に家を出て、高速道路E2号線を南に走り2時間足らずで到着しました。今夜の宿の「赤道直下の」と言う意味のホテルエクアトリアルにチェックイン後、早速街を散策に。ホテルを出て右手に歩き、西洋風の建物(学校かな?)、独立宣言記念館を過ぎるとそこはサンチャゴ砦(写真左)。ポルトガルによって建造された東洋一の堅牢さを誇った砦も今はこの門が残るだけです。
そこから街を一望に見ようとマラッカタワーに向かったのですが、 なんと修理中で一週間ほど休館とのこと。がっかり。
軍事博物館と海洋博物館(写真右)の前を通り、この街のシンボルとも言えるオランダ広場に。
左の写真のキリスト教会やクイーンビクトリアの噴水そして時計台が取り巻くこの広場は、アジアではなく古のオランダの小さな町の広場に紛れ込んだかのようです。この広場前の道路を挟んだ西側にある旅行者用のインフォメーションセンターでは町の地図が手に入るほか、トイレの利用や汗まみれになった体を快適な空調の下でしばし冷やすこともできます。
またこの街の観光に利用されるトライショーは、昼間見ても相当派手ですが、夜は電飾一杯で一見の価値があります。オランダ広場には右の写真のようにたくさんのトライショーが客待ちをしています。

 有名な民族博物館のスタイダス(左の写真)も修理中で休館だったので外から眺めながらセントポールの丘に登りました。オランダ広場裏の標高50mほどのこの丘から、マラッカタワーの休館で見損なった街の全貌を楽しむことができました。またこの丘には屋根の崩れ落ちたセントポール教会の壁が残っています(右の写真)。16世紀にポルトガルによって建てられた教会で、フランシスコ・ザビエルの遺体が一時安置されていたそうです。
 また入り口には左の写真のように伝説の右手首のないザビエル像が立って街を見下ろしています。
風通しの良いこの教会跡で、若者の歌を聴きながらしばし涼をとった後、丘を下りたのが丁度正午。

ガイドブックに紹介されていたジョンカーストリートの入り口にある和記鶏飯店へ。行列のできる人気店と言うことで早めのランチを取ることにしました。50年以上の歴史を持つこのお店の名物チキンライスボールランチを頼みました。ガイドブックでは4リンギット、約120円とのことでしたが、飲み物と野菜炒めを食べて2人で18リンギット、約550円ほどでした。確かに安い。味は、うーん、想像していた範囲かな?
プラナガンの大富豪の邸宅が博物館となったババ・ニョニャ・ヘリテージという博物館へ。なんとランチタイムで休館。今日はこれで3件目の休館。ババとは中国移民の男性、ニョニャとはババと結婚したマレー人女性。その子孫たちをプラナガンと言います。
ここのヒーレン・ストリートには左の写真のように成功したプラナガン達の豪邸が立ち並んでいます。このあたりの建物は京都や奈良の町家造りに感じが似ていて、間口より奥行きが長く途中中庭が配置されていたりして明かりを取り入れる工夫がされています。
右は何軒かある骨とう品店の時計売り場。一つ欲しいな。
歩き疲れてお茶にしようとこれもガイドブックに紹介されていたザ・バブーン・ハウスへ。なんとここも本日はお休み。もう一軒のジョンカー・デザートへ。ナ・ナ・ナ・ナ なんと、ここもお休みではありませんか。なんということでしょう。後でわかったのですが火曜日が定休日のお店が多いらしい。残念!
妻には甘いものは諦めてもらい、ジョンカー・ストリートのジェオグラフィー・カフェへ。地理学者たちのカフェという名前の謂れは分かりませんが、ここで私はきンキンに冷えたギネス・ビール。妻はプラムジュース(これが結構美味だったらしい)で喉を潤し、本日の観光の終盤へ。

まずセント・フランシスコ・ザビエル教会へ(左の写真はその内部)。ここは比較的新しく19世紀になってポルトガル人の子孫たちがザビエルの偉業をたたえて建てたそうです。右の写真のように入り口には日本での布教を手伝った「やじろう」の像がザビエルの像と並んで建っています。
この教会を出て道路を渡るとすぐ前にマラッカ川が流れていて、この川沿いに整備された遊歩道が午前中に通り過ぎた海洋博物館辺りからかなり上流まで続いています。遊覧船で周遊することも可能で、時間が合えば乗ってみる予定でしたが、今回は遊歩道を結構歩いたのでやめました。
川沿いにオランダ広場まで戻り、スルタン宮殿に向かいました。1396年に建国されたマラッカ王国の初代国王の王宮を復元したもので、高床立式の立派な木造建築です。内部は文化博物館となっており、当時の王室の暮らしぶりが分かるようになっています。
閉館時間ぎりぎりまでここで過ごし、いったんホテルに帰りました。少し休んで近くにある、これもガイドブックお勧めのオレ・サヤンというニョニャ料理の有名店へ夕食に。決して格式の高いレストランではなく、観光客より地元の仕事帰りのサラリーマンやOLがたくさん来ていました。ガイドブックの写真の料理を見せて同じものを注文しました。値段も手頃でおいしく頂きました。
ホテルはまずまずでしたが、夜中に深夜まで外で音楽と爆竹が鳴り続いていたのにはまいりましたが、第一日目は相当ハードな行程だったので、その騒音もやがては子守唄となってしまったようでした。