2024年10月18日金曜日

ネパール 世界遺産を巡る旅 その2 カトマンズの世界遺産

 

ボダナート寺院

今回はカトマンズ盆地の中のカトマンズ市内にある4つの世界遺産巡りをお伝えします。

早朝のマウンテンフライトの後、ホテルのビュッフェで朝食、少しゆっくりした後出かけました。

最初に向かったのはシヴァ神を祀るネパール最大のヒンズー教の寺院である、パシュパティナート寺院です。市の東側の飛行場の近くに位置します。

ホテルの有るタミル地区は道路も狭く抜け出すのが大変です。

この様な渋滞があちこちで発生し、直線距離で5kmくらいのところにあるこの寺院まで40分かかりました。


お店が並ぶ参道から左にある門を入ると、写真の西門が見えてきます。
シヴァ神の乗り物の黄金の牡牛(ナンディ)が門の中に見えています。
ヒンズー教徒以外はこの中には入れないので私たちはここまでです。
周りにはたくさんの信者が参詣に来ていました。インドから来ている人たちも多くいました。
ここから右方面に行き寺院の東門に回ります。

この先はガンジス河支流の火葬場となっているので、途中で順番を待っているのか救急車の後ろの路上にご遺体が置かれていました。

病院で亡くなられた方は、このように救急車で運ばれてくるそうです。因みに自宅で亡くなった場合は施主が車を手配するようです。

左の写真の塔の後ろがガンジスの支流です。

右手の方に煙が上がっているのが見えます。







こちらが火葬場の下流方面を写したものです。煙が目に染みるのと煙の匂いがかなりします。

対岸では親族が、火葬が終わるのを待っています。まるでピクニックに来ているかのようです。ヒンズー教では輪廻転生の考えで、死は決して暗い物ではなく、次の生への過程らしい。

こちらは寺院を東門を見た写真です。
シヴァ神はヒンズーの3大神の一人で、通常は破壊の神とされ、色々な姿と名前に変身します。
この寺院の名前パシュパナートも、シヴァが金の角を持つ鹿パシュパティとなってこの辺りの森で暮らしたことから来ています。

写真左手の台は火葬の終盤で、係の方(?)が火を調整していました。

この森には多くの野生動物が生息していて、猿がこのようにお供え物や親族が残した食べ物を狙って出てきます。

対岸の人だかりは、これから火葬される方の近親が髪をそる儀式をしているところです。

写真は掲載しませんがその人だかりの右手には布でくるまれたご遺体が火葬を待っていました。

上の写真の右手の方には王室の火葬場所が有ります。

写真の11の白い塔はエッカイダス・ルドゥラと呼ばれるシヴァ信仰の象徴であるリンガを祀っています。

暑いのと煙いので早々にこちらを後にしました。


参道にはお土産や参拝用品などを扱う店が、軒を並べています。

建物は参詣者のレストハウスとして建てられたものが多くあります。




12時半になったので次のボダナート寺院に向かいました。こちらは仏教寺院です。車で10分、車を降りてから5分程歩いて左の写真の場所に出ました。

写真中央に見える門が参道への入り口です。



入ると直ぐ目の前に大きな白い仏塔(ストゥーバ)が見えました。ネパール最大の仏塔です。

ボダナートは昔からのカトマンズとチベットのラサを結ぶ交通の要所で、旅人が安全を祈った場所だそうです。

チベットの難民が多くこの地に移り住みさらに栄えたようです。

朝夕には大勢の仏教徒が参拝するそうですが、昼間はほゞほゞ観光客です。



この仏塔を信者たちは時計回りに3回回るそうです。

一番下に見える黄色の御簾の裏にあるマニ車を数個回してお祈りを終えました。手抜き!

仏塔のお椀を伏せた形の縁には108個の窪みが有り、それぞれに仏像が彫られているそうです。


この仏塔の周りは、3階建てのカラフルな建物が並んでいます。まるでテーマパークの様でした。

1階はお土産、仏具、曼荼羅、絵画などを販売するショップになっていて、2階が飲食店。

中には日本食のレストランもありました。


午後1時も過ぎたのでランチタイム。私達はヒマラヤ・ジャバ・ボダナートと言うお店でハンバーグを食べることにしました。

窓際の席が欲しかったのですが、既にすべて埋まっていました。



左の写真は窓際から撮らせてもらいました。
世界遺産を観ながらのランチ。何と贅沢なことでしょうか。





食事はツアー料金に含まれているので飲み物代だけ自腹。アイスコーヒー1杯300円。観光地だけあって少し高い。

ハンバーガーはボリュームたっぷりで味もまずまず。



ランチ後続いて時計回りに回り1周完了。次の目的地スワヤンプナート寺院へ向かいました。

カトマンズ市内の東端から西端に行くため、街中の渋滞につかまり1時間かかりました。

ここは丘の上にあるので、市内各所から望むことが出来ます。

門を入って直ぐ右手にあるバシュバンドゥ・チャイテャと言う、5つの仏様を祀った小さな仏塔が有りました。

4つの仏は東西南北に向いていて、一つだけ東南に向いているのが大日如来だそうです。




ここから階段を数十段登って頂上に行きます。丘の上には種々の様式の仏塔が林立しています。

この丘は神々の時代に湖だったカトマンズ盆地を、旅の途中でここに立ち寄った文殊菩薩がその剣で山を切り裂き水を流した為、肥沃なカトマンズ盆地が出来たという謂れがあります。

こちらがメインの大日如来を祀った仏塔です。








こちらは二重で屋根のある建築様式になっているハリティ寺院です。







左の写真の左下隅にミス・インターナショナルのネパール代表が写っています。

失礼して遠くから無断で写させていただきました。



メインの仏塔の東向き側に展望台があります。

ここからカトマンズ盆地が一望できます。

写真は盆地の北側方面を写したものです。



こちらは中心部そして南方面です。






この展望台側からメインの仏塔を見たところです。

こちらに大日如来が祀られています。本当はこの前に金剛杵(ドルジェ)が安置されているのですが、写真を撮り忘れました。

ドルジェは無明を打ち砕く雷で、密教でも使われる法具です。

3時10分前にスワヤンプナート寺院を後にして、もう一つの世界遺産である、ダルバール広場(旧王宮)に向かいました。


駐車が難しいので。近くで車を降りて住宅地の小路を抜けて行きました。

下校時間なのか多くの生徒が歩いていました。中には本気で喧嘩をして、大人たちになだめられてる子も。

写真は道沿いにあった中学校かな?

制服が可愛い。

10分程で広場の西南の角に到着しました。目の前に大きな寺院が。これがカトマンズの名前の由来になったカトマンダップ寺院です。

この辺りは2015年の地震で壊滅的なダメージを負ったのですが、現在ではかなり復元されていました。



この北側には小さな祠が有り、シヴァの息子で象の顔を持つガネーシャが祀られていました。アショク・ビナヤク又はカトマンドゥ・ガネーシュと呼ばれています。

写真の柵で囲われた建物です。

縁起がいいので多くの参拝者がいました。

私達も一周しました。

カトマンダップの北東にシヴァ寺院があります。

左の写真がその寺院です。地震で倒壊したのですが、現在は元の姿に修復されていました。

この後右の建物の角を右手(東)に進みました。





進行方向左手にナラヤン寺院そしてその奥に先ほどのシバ寺院が並んで見えます。

今は観光地と化していて、信心もない欧米人がショートパンツ姿でお寺の基部に座っているのはいかがな物でしょうか?



上の写真の手前の人だかりは女神クマリの化身として崇められている少女が住んでいる、クマリの館の開門を待っている人たちです。

クマリの少女に関しては後ほど説明します。




見事な細工の窓から、お祭り(9月のインドラ・ジャトラという初秋の大祭)のときは顔を見せたり山車に乗って3日間町中を巡るそうですが、平時はこの建物の中庭に面した窓から、気が向いたら顔を見せるそうです。

時間が有ったので私たちは先に旧王宮を見ることにしました。


王宮の西隣にあって、この広場に似つかないイギリス風のビル。

これも王宮の一部。

この先に旧王宮の入り口が有ります。



右の奥に入り口があります。

この道路の王宮の先には、カトマンズの秋葉原(電気商品街)になっていて、休日は大勢の人がショッピングに来るそうです。




上の写真の右の奥から王宮を見てみました。

屋根を支える梁の彫刻が素晴らしい。

多くの寺院がそうですが、よく見るとかなり際どい姿態が彫られています。これで性教育をしたとか?






建物中は更に素晴らしい彫り物がいたるところに見られます。一つ一つが細かい。





拡大して写してみました。






反対側は工事中です。

初秋の大祭りインドラ・ジャトラの様子のパネルが並べられていました。

中央から少し左の少女がクマリです。




午後5時前になったので急いでクマリの館へ。ラストの入場者として滑り込みました。

左の写真がチョーク様式で建てられたクマリの館の中庭です。

クマリの少女は3階の窓から顔を出してくれます。これ以降の写真は禁止。カメラやスマホを持っていると厳しく注意されます。

運よく2分程顔を出してくれました。

クマリの女性は在家の僧侶のカーストに属する家から、初潮前の女子が選ばれここで過ごします。

外出は許されず、勉強も家庭教師がこの館で教えるそうです。初潮を迎え役目を終えると普通の少女に戻ります。

最近は成長してから、海外へ留学する少女が多いそうです。

ここから広場を北進すると、左手にシヴァ神とその妃のバールバティを祀ったシヴァ・バールバティ寺院があります。





その東側に猿のハヌマン像が有るためハヌマン・ドカと呼ばれる寺院群が有ります。地震で相当破壊されたのですがかなり修復されていました。




しかしその東側のハヌマン寺院はまだ修復中でした。








こちらはシヴァ神の化身の一つ、恐怖の神、カーラ・バイラです。この前で嘘をつくと死んでしまうとの言い伝えの有る神です。以前はここに容疑者を連れて来て白状させたとか。

何百年も前に作られたのに未だに色褪せていません。

何故か多くの人がお参りしていました。

因みに日本では大黒天となっています。



北門を出る手前の右手奥の方にひと際大きな寺院があります。タジュレ寺院です。

このダルバール広場の中では最も高い寺院だそうです。

余りにも多くの寺院の説明を聞いたので、ここには誰を祀っていたのか忘れてしまいましたが。三大神の一人の妃だったように思います。

これでダルバール広場を抜けました。時間が有ったのでここからタミル地区にある私たちのホテルまで歩いて行くことになりました。

先ず最初に通り抜けるのが庶民の買い物の街、インドラ・チョークです。



チョークと言うのはネワールの一つの建築様式で、建物が中庭を挟んで4面に建てられている様式です。先述のクマリの館がそうです。

周りの建物は以前は4階建てでしたが、最近は土地が無いので5階、6階と高くなっているそうです。通常1階は倉庫、2階は寝室で窓は飾り窓で開かない、3階がリビングで窓が開きます。4階がキッチンで煙が上に抜けるようになっています。

この日はネパール最大のお祭りダサイン前なので、ボーナスをもらった多くの人たちが祭りの為の買い物に来ていました。

安全な国とは言われていますがさすがにここだけは、バッグを前抱きにしました。


上の写真でも分かりますが飾り付けが面白い。

マネキンが吊り下げられて並んでいるのはなんだか異様!




いったい2階の物はどうやって見たり取ったりするのでしょうか。






こちらは金物屋さん。






この人込みの中をバイクが頻繁に通るので、歩くのは大変。

何とかこの人込みを抜けて、もう一つの繁華街アサン・チョークを抜け、タミル地区へ。






ホテル到着はほゞ午後6時でした。部屋のベランダから夕焼けに染まる美しい雲がたなびいているのを眺めました。

夕食は「地球の歩き方」でも紹介されていたレストランが、ホテルの道路を渡って反対側に有ったのでそちらで食べることにしました。


「ムクティナート・タカリ・キッチン」というお店です。

写真左奥からダルバート・タルカリ(前夜2つ頼んで失敗したので、この夜は1つのみ)、左手前がモモと言う餃子です。右奥がチャオメン、中国語と同じ発音で焼きそばです。

右手前はビールのあて?ビールはグルカビールです。

これでもやはり多すぎました。モモとチャオメンは国民食の様でどこのネパール料理のレストランでも置いてあります。

以上で2日目が無事終了です。翌日から1泊の予定でナガルコットと言う丘陵の町に行きます。次回をお楽しみください。







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