ボダナート寺院 |
今回はカトマンズ盆地の中のカトマンズ市内にある4つの世界遺産巡りをお伝えします。早朝のマウンテンフライトの後、ホテルのビュッフェで朝食、少しゆっくりした後出かけました。
ホテルの有るタミル地区は道路も狭く抜け出すのが大変です。
この様な渋滞があちこちで発生し、直線距離で5kmくらいのところにあるこの寺院まで40分かかりました。
この先はガンジス河支流の火葬場となっているので、途中で順番を待っているのか救急車の後ろの路上にご遺体が置かれていました。
写真左手の台は火葬の終盤で、係の方(?)が火を調整していました。
この森には多くの野生動物が生息していて、猿がこのようにお供え物や親族が残した食べ物を狙って出てきます。対岸の人だかりは、これから火葬される方の近親が髪をそる儀式をしているところです。
写真は掲載しませんがその人だかりの右手には布でくるまれたご遺体が火葬を待っていました。
上の写真の右手の方には王室の火葬場所が有ります。写真の11の白い塔はエッカイダス・ルドゥラと呼ばれるシヴァ信仰の象徴であるリンガを祀っています。
暑いのと煙いので早々にこちらを後にしました。
建物は参詣者のレストハウスとして建てられたものが多くあります。
写真中央に見える門が参道への入り口です。
ボダナートは昔からのカトマンズとチベットのラサを結ぶ交通の要所で、旅人が安全を祈った場所だそうです。
チベットの難民が多くこの地に移り住みさらに栄えたようです。
朝夕には大勢の仏教徒が参拝するそうですが、昼間はほゞほゞ観光客です。
一番下に見える黄色の御簾の裏にあるマニ車を数個回してお祈りを終えました。手抜き!
仏塔のお椀を伏せた形の縁には108個の窪みが有り、それぞれに仏像が彫られているそうです。
1階はお土産、仏具、曼荼羅、絵画などを販売するショップになっていて、2階が飲食店。
中には日本食のレストランもありました。
窓際の席が欲しかったのですが、既にすべて埋まっていました。
ハンバーガーはボリュームたっぷりで味もまずまず。
カトマンズ市内の東端から西端に行くため、街中の渋滞につかまり1時間かかりました。
ここは丘の上にあるので、市内各所から望むことが出来ます。
門を入って直ぐ右手にあるバシュバンドゥ・チャイテャと言う、5つの仏様を祀った小さな仏塔が有りました。左の写真の左下隅にミス・インターナショナルのネパール代表が写っています。
失礼して遠くから無断で写させていただきました。
ここからカトマンズ盆地が一望できます。
写真は盆地の北側方面を写したものです。
こちらに大日如来が祀られています。本当はこの前に金剛杵(ドルジェ)が安置されているのですが、写真を撮り忘れました。
ドルジェは無明を打ち砕く雷で、密教でも使われる法具です。
3時10分前にスワヤンプナート寺院を後にして、もう一つの世界遺産である、ダルバール広場(旧王宮)に向かいました。
下校時間なのか多くの生徒が歩いていました。中には本気で喧嘩をして、大人たちになだめられてる子も。
写真は道沿いにあった中学校かな?
制服が可愛い。
10分程で広場の西南の角に到着しました。目の前に大きな寺院が。これがカトマンズの名前の由来になったカトマンダップ寺院です。この辺りは2015年の地震で壊滅的なダメージを負ったのですが、現在ではかなり復元されていました。
写真の柵で囲われた建物です。
縁起がいいので多くの参拝者がいました。
私達も一周しました。
カトマンダップの北東にシヴァ寺院があります。
左の写真がその寺院です。地震で倒壊したのですが、現在は元の姿に修復されていました。
この後右の建物の角を右手(東)に進みました。
今は観光地と化していて、信心もない欧米人がショートパンツ姿でお寺の基部に座っているのはいかがな物でしょうか?
クマリの少女に関しては後ほど説明します。
時間が有ったので私たちは先に旧王宮を見ることにしました。
これも王宮の一部。
この先に旧王宮の入り口が有ります。
この道路の王宮の先には、カトマンズの秋葉原(電気商品街)になっていて、休日は大勢の人がショッピングに来るそうです。
屋根を支える梁の彫刻が素晴らしい。
多くの寺院がそうですが、よく見るとかなり際どい姿態が彫られています。これで性教育をしたとか?
初秋の大祭りインドラ・ジャトラの様子のパネルが並べられていました。
中央から少し左の少女がクマリです。
左の写真がチョーク様式で建てられたクマリの館の中庭です。
クマリの少女は3階の窓から顔を出してくれます。これ以降の写真は禁止。カメラやスマホを持っていると厳しく注意されます。
運よく2分程顔を出してくれました。
クマリの女性は在家の僧侶のカーストに属する家から、初潮前の女子が選ばれここで過ごします。外出は許されず、勉強も家庭教師がこの館で教えるそうです。初潮を迎え役目を終えると普通の少女に戻ります。
最近は成長してから、海外へ留学する少女が多いそうです。
ここから広場を北進すると、左手にシヴァ神とその妃のバールバティを祀ったシヴァ・バールバティ寺院があります。何百年も前に作られたのに未だに色褪せていません。
何故か多くの人がお参りしていました。
因みに日本では大黒天となっています。
これでダルバール広場を抜けました。時間が有ったのでここからタミル地区にある私たちのホテルまで歩いて行くことになりました。
先ず最初に通り抜けるのが庶民の買い物の街、インドラ・チョークです。
周りの建物は以前は4階建てでしたが、最近は土地が無いので5階、6階と高くなっているそうです。通常1階は倉庫、2階は寝室で窓は飾り窓で開かない、3階がリビングで窓が開きます。4階がキッチンで煙が上に抜けるようになっています。
この日はネパール最大のお祭りダサイン前なので、ボーナスをもらった多くの人たちが祭りの為の買い物に来ていました。安全な国とは言われていますがさすがにここだけは、バッグを前抱きにしました。
マネキンが吊り下げられて並んでいるのはなんだか異様!
夕食は「地球の歩き方」でも紹介されていたレストランが、ホテルの道路を渡って反対側に有ったのでそちらで食べることにしました。
「ムクティナート・タカリ・キッチン」というお店です。
写真左奥からダルバート・タルカリ(前夜2つ頼んで失敗したので、この夜は1つのみ)、左手前がモモと言う餃子です。右奥がチャオメン、中国語と同じ発音で焼きそばです。
右手前はビールのあて?ビールはグルカビールです。
これでもやはり多すぎました。モモとチャオメンは国民食の様でどこのネパール料理のレストランでも置いてあります。
以上で2日目が無事終了です。翌日から1泊の予定でナガルコットと言う丘陵の町に行きます。次回をお楽しみください。
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